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知恵者

去年より10日あまり遅れて、鉢植えの水仙が一輪だけ花開いた。
ちょっと横向きに咲いたところは、どこか気恥ずかしそうでもある。
まわりには、黄い味を帯びたつぼみが7,8輪、今や遅し、というふうに待ち構えている。この様子だと、午後あたり、陽気に誘われていっせいに咲くかもしれない。

天気予報によると、きょうの都心は4月中旬並みの暖かさになるとか。
季節を一月半ほど進めた風だが、朝の予報で「朝晩はひんやり」とテロップが出ていたのには苦笑させられた。
いくら日中の気温が上がるとは言え、この時季に「ひんやり」という言葉はないだろう。

そう表現したくなるほど、日中の気温が上がる、ということを言いたかったのかもしれないが、もっとほかに言い様はなかったか。
表現の貧困という言葉がよぎった。
朝の気温は3度で、ひんやりどころではない、冬の寒さが続いている。

ひんやりというのは、夏の暑さが和らぎ、朝晩が涼しく感じられる様を言い表す秋の季語である。
冬の終わりとはいえ、この時季に使用する言葉ではない、と言おうとして、ハッと手を止めた。

もしかしたら、気象予報士さんは、季語をわざと誤用し、きょうの馬鹿陽気を伝えたかったのかもしれない、と。
だとしたら、なんという策士、知恵者であろうか。
真偽の程は当人に確かめるよりないが、気象予報士たるもの、季語には敏感であってほしいと思ったことではある。

ここ何週間か、書き物に徹していて、気分転換を兼ねて、ブログを更新することにしたのだが、書き始めると、いろんな思いが乱れ揺らめいて、脳を休めるつもりがかえって神経をとがらせる羽目になった。
気分転換、と言うなら、何よりもパソコンから離れ、春風に肌をなぶらせるのが一番だろう。




2023/02/28 09:00 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

深層心理

50数年ぶりに、偶然、大学時代の寮友と出会った。
小料理屋に立ち寄り、カウンターで呑んでいたら、端の方に座っていた男三人のうちの一人が立ち上がり、私の名前を呼んだ。

私はとっさにはわからず、はて、どこの誰だろうと思いめぐらすうちに、かつて寮で一緒だったSくんだとわかった。
名前がすっと出てきたのが不思議なくらい、遙か昔のか細い記憶だった。
彼は私に近づくでもなく、「昔と全然、変わらないね」と言うと、そのまま一人、店を出て行った。

私はあっけに取られながら、よく自分のことがわかったな、と怪訝に思った。
彼はまったく歳をとっていなくて、ギョロッとした目は学生時代そのままだった。
その彼の目には、私の姿格好も学生時代とまったく同じように映ったのかもしれない。

それにしても、と私は彼のことを必死で思い出そうとするものの、何ひとつ思い浮かばない。彼とは学年も学部も違うし、特段親しかったわけではない。一緒に遊んだような記憶もない。ただ、寮生活を共にしたというに過ぎない。

彼が店を出て行った後、連れの男の一人が、
顔を合わせづらかったんだろう」と聞こえよがしに言った。
どういう意味か、私は聞き返そうとしたが、何も聞かない方がいいような気がして黙っていた。

ふと気づくと、若い婦人警官が隣に座っていた。
一緒に店に入ったような気がしないでもないが、はっきりしない。
彼女は出て行ったSくんについて、「知り合いですか」と尋問口調で聞いてきた。

私が返事をためらっていると、彼女は男を追いかけるように外へ出て行った。
私はそのとき、自分がなぜ、婦人警官と一緒だったのか、思い出した。
電動スクーターに乗って走りまわっていたところ、人気のない交差点で呼び止められたのだった。

最初のうちは、スピードの出し過ぎを注意され、運転マナーについて諭されていたのだが、なぜ、二人で小料理屋に入ったのか、夢の不思議と言うよりない。
私は電動スクーターなど乗ったことはないし、というより乗れない。また婦人警官に知り合いはいない。

しかし、広い車道を疾走している爽快さは、感覚としてはっきりと残っている。
また、Sくんの顔も声も鮮明に思い浮かべることができる。
ただ、話のストーリーはあやふやで、目が覚めた今となってはますますおぼつかない。

面白そうな夢だったので、ここに書こうと思い、記憶をたどっているうちにはっと気づいた。
登場したSくんや婦人警官、そして言葉のやりとり、シチュエーションはすべからく、失われた「青春」への追慕「若さ」への羨望を暗示していたのではないか。

近年、自分が老け込んでいるのではないか、と不安に感じることがある。
自分では、心身共に健やかだとうぬぼれているが、深層心理では、忍び寄る老いへの恐怖心がうずまいていて、そこから逃れたいとの思いから、こんな夢を見たのではないだろうか。
どうもそんな気がしてならない。

これは目が覚めて気づいたことだが、S君がかなり前に他界したと人づてに聞かされていた。どういう亡くなり方をしたのか、そこまでは聞かなかったように思うが、若死にだったことだけは確かだった。
しかし、夢の中のSくんは昔のままで、元気そうだった。目が生き生きしていた。

それにしても、記憶の底に沈んでいた、福島訛りの彼の声を50数年ぶりに聞いたのには、何か意味があるのだろうか。
また、どうして登場人物は彼だったのだろうか。
いくら考えてもわからない。




2023/02/01 10:36 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

真打ち登場

十年に一度のきびしい寒波に襲われた日本列島。
南向き北向きを問わず、窓ガラス全面に結露がはびこっている。
都心は、積雪の恐れはなくなったが、凍結事故や飛行機、電車等のキャンセル、遅延が案じられる。
自然災害に弱いとされる大都市圏だが、ライフラインだけは順調に機能してほしいものである。

今週の23日(月曜日)は、東京広島県人会の新春懇親パーティーに出席した。
会場はセルリンタワー東急ホテルのB2階「ポールルーム」
会場が午後5時、開宴が6時ということで、同伴者の松竹の中野さんと5時40分に会場入り口で待ち合わせた。

渋谷の街が激変していることは知っていたので、遅れまいと早めに出たのに出口がわからず、10分ほど遅れてしまった。
しかし、中野さんも電車に乗り遅れたとかで、二人が会場に入ったときはすでに宴は始まっていた。

去年はコロナ禍の影響で、開催が4月下旬にずれこみ、人数も大幅に縮小されたが、ことしは予定通り1月に開催された。
昨年よりも参加者が多く、1000人は超えていたかもしれない。
広島にゆかりの各界著名人が数多く出席されて、大盛会だった。

スポーツ関係では、サッカーのサンフレッチェ広島、バスケットの広島ドラゴンフライズ、女子硬式野球のはつかいちサンブレイズの関係者、選手が登壇したが、とりわけ人気が高く、拍手が多かったのはやっぱり、広島カープだった。

新井貴浩新監督が元気よく決意と抱負を述べれば、カープOBの山本浩二さん、小早川毅彦さんが新監督にハッパをかけていた。健康が心配された山本さんもお元気そうなのは何よりだった。

今回の宴で会場が一番沸き上がったのは、岸田総理の登壇であった。まさに真打ち登場である。
公式の場では、揚げ足をとられないよう慎重の上にも慎重な語り口の総理も、この日だけは身内の集いとあってか、ワールドカップでの日本の活躍や、カープへの期待、G7サミット(5月に広島で開催)に向けての決意を、力強く、弁舌さわやかに語られた。

私は事前に、総理がことしは来られることを聞かされていたので、吉本扇子をお持ちいただいているよしみもあって、一言でもご挨拶できないかと思っていたが、とんでもなかった。
壇上から降りられる前から、すごい人だかりで、近づくことさえできなかった。

世論調査によると、内閣支持率は低空飛行を続け、マスコミ受けも必ずしも良くないようだが、G7が広島で開催されるとあっては、県民一丸となって応援せねばなるまい。
それが郷土愛というものであり、ことしの新春懇親パーティーの開催意義でもあろう。

もとより、郷土愛よりも、日本国愛だろうという声が聞こえてきそうだが、人間は最も身近な人との絆が命綱である。
血肉を分けた家族、肉親縁者、知己友人の存在に勝る活力源はない。
宰相といえども、人の子である。

この夜は、松竹の中野さんに、ホノルル広島県人会会長のウェイン・ミヤオさんご夫妻を紹介してもらった。
ご夫妻は大の歌舞伎ファンで、中野さんとはご昵懇ということだった。
ハワイでの個展がいちだんと身近になったようで、ことしこそなんとか実現したいものである。




2023/01/25 14:02 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

頬ずり

長年、愛用してきた電気ストーブがついに寿命を終えた。
前日までは平気だったのに、朝、スイッチを入れようとしたら、うんともすんともない。
まったく無反応である。

思えば、購入したのは、平成に入って間もない頃だったから、30数年前にさかのぼる。
この種の電化製品の耐用年数がどれくらいか、利用頻度にもよろうが、長寿であったことは確かだろう。
よくぞ頑張ってくれた、とねぎらいの言葉のひとつもかけたくなってくる。

購入した大手電気店は、かつてはTVコマーシャルを頻繁に流していたが、時代の波に飲み込まれ、電気ストーブよりもかなり前に命運尽きた。
栄枯盛衰は世の習いとはいえ、人間にしても企業にしても、生き抜くのはたやすいことではない。

コロナ禍は依然として収束の見通しは立っていない。異常とも言える物価の値上がりが、庶民の暮らしを直撃している。
生きづらい世の中になった、と愚痴の一つもこぼしたくなるが、悲憤慷慨したところで現実が変わるわけではない。
生きる術(すべ)は自分で習得するよりない。

この数日、東京はすっきりしない天気が続いている。
晴れ間があっても、すぐに雲に覆われるというふうで、けさもベランダが濡れていた。
夜中なのか、朝方なのか、雨音が耳に入らぬほどの、弱い通り雨があったようだ。

しかし、明るんでくるにつれて、一気に青空が広がった。
今日は久しぶりに、一日中、晴天になりそうだ。
気温もこの時期にしては高めのようだ。というより、暖かいと言ってもいいくらいだ。

一年で最も寒いとされるこの時期にあって、太陽のありがたさが身にしみる。
北風は冷たいが、窓越しの冬の陽だまりの心地よさは格別だ。
思わず、頬ずりしたくなる。

陽は東よりのぼり、天空をまたぎ、西のかなたに沈む。
太陽が顔を見せなくても、自然の法則に狂いはない。
森羅万象、人間は自然によって生かされている生き物だということを、今さらながら実感するのである。


2023/01/20 08:50 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

華甲祝い

早寝早起きの習慣が身について、今朝も5時過ぎに起き出した。
外はまだ真っ暗だ。
真冬のこの時期、もう少し布団にくるまっていればいいものを、と思われそうだが、時間の重みをかみしめる年齢ともなれば、寒さなどに怖じ気づいてはおれない。

若い頃は寒いのが苦手だったが、いまはさほど苦にならない。
屋外に出るわけではないし、前夜の暖房の余熱も残っている。
体質の変化もあるかもしれないが、要は覚悟の程、気合い一つということであろうか。
何事も、なせばなる、である。

私の場合、夜よりも早朝のほうが仕事がはかどる。
物音一つしない、しんと静まった部屋で、絵を描いたり、小説を書いたりしていると、昼間では味わえない、心身が引き締まるような充足感をおぼえる。

新年を迎え、やりたいこと、やらねばならないことがいろいろある。
書き物は今に始まったことではないが、ことしは早々と絵筆を握った。
昨年の暮れ、なじみの呑み処に顔を出した際、店主が年明け早々に還暦を迎えると聞き、お祝いに花扇画を贈ることを思いついたのだった。

その作品ができあがり、近々、届けに上がるつもりだが、はたして気に入ってもらえるだろうか。
贈る側としては気になるところだが、長寿を言祝ぐ気持ちが伝わればそれで十分だろう。

還暦は文字通り、60年で「干支(えと)」が一巡し、「生まれたときの暦に還る」ことに由来する。
テーマカラーである「赤」は、古くから魔よけの力があると信じられ、産着にもよく使われたのが縁起のようだ。
赤いちゃんちゃんこは、贈りものの定番である。

それにしても、いまどきの60歳はじつに若い。
長寿社会と言われて久しいが、60歳は現役バリバリの働き盛りというのが、私の素直な感想である。
その人のライフスタイルにもよろうが、老いというイメージはまったく浮かんでこない。

それでも「還暦」と聞くと、どこか年寄りじみたイメージがつきまとう。
そんなこともあって、私は「華甲(かこう)」という言葉を使うようにしている。
華の文字が十が六つと一が一つあることと、干支の一番目が甲子(きのえね)というので、二つの意味で還暦になる。

いわば言葉遊びの一種だが、還暦に比べて、華やかなイメージがあるのと、一般的に知られていないところがかえって面白い。
華甲祝い、まだまだ若々しくありたい人に贈りたい言葉である。
くだんの店主はどんな反応を示すだろうか。


2023/01/08 09:45 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)