先週、およそ30年ぶりに能登の輪島を訪れた。
朝一番のフライトで羽田を発ち、その日の最終便で東京に戻ってくるという、
気ぜわしいスケジュールだったが、時間に追われるという感覚は希薄で、
むしろゆるやかに流れていったように感じたのは、多分に現地で出会った方たちのぬくもりにふれたせいかもしれない。
5月19、20日の両日、輪島市正覚寺において、『能登震災復興10周年』の記念イベントがおこなわれる。
その打ち合わせと顔合わせをかねて、同寺の山吹啓ご住職夫妻や檀家の大向稔さん、裏千家業躰の奈良宗久ご夫妻、それにイベント会社の関係者など十余人が一堂に介したのだった。
私は、関係者の一人である坂本善昭さん以外の方とはみなさん初対面だったが、奈良さんについては、昨年12月、金沢市内で開かれた「加賀友禅に魅せられて~“kotoha”デビューコンサート&加賀友禅大使着物ショー」の中で、ご兄弟で金沢文化の魅力について対談されているのを、客席から見聞きしていて、まんざら知らぬではなかった。
お寺の本堂に場を移し、企画プロデューサーの下田武央さん、運営進行ディレクターの経田泰夫さんらと、当日の設営や段取りなどについて打ち合わせをしたのち、全員が車に分乗し、近くの蕎麦屋さんへ移動した。歩いても行けそうな距離だったが、あいにく小雨が降り続いていた。しかし、冷たい雨ではなく、木々や草花が芽吹いてきそうな木の芽雨(このめあめ)だった。
店の前で車を降りるなり、昔、立ち寄ったお店ではと、ふとそんな気がした。
入ってすぐの窓側のテーブル席に腰を下ろしたような記憶があるのだが、自分の思い違いかもしれない。
しかし、郷愁に似た近しさをおぼえたのは事実だった。
そんな感慨もあって、食膳に供された地元の銘酒「白菊」と「千枚田」は空きっ腹に心地よく沁みた。
山吹住職は酒豪らしく、盃を持つ手つきからしてちがったが、みなさん男女の隔てなく、お飲みになられていたのは、さすが酒どころ石川県人の面目躍如といったところだろうか、といっそう親しみがわいてきた。
昼間の小宴はまたたく間に過ぎ、歓談の余韻をひいたまま、2時前には散会となった。
私はこのあと、何人かでお茶でもするのだろうと思っていたら、坂本さんたちはすぐ金沢に帰られるとかで、私一人、取り残される恰好になった。そうしたら坂本さんが大向さんに、「時間があるようだったら、吉本君を案内してもらえますか?」と頼んでいた。
私は恐縮し、それには及ばないと遠慮したが、大向さんは嫌な顔をするどころか、話相手が見つかったとでもいうふうに、ご住職の車を借り受けると、私を助手席に座らせ、輪島の海岸へと車を走らせた。有無も言わさず、というのはこういうことを言うのかもしれない。しかし、私にとってはありがたい申し出にはちがいなかった。
聞けば、大向さんは坂本さんより一つ上の昭和18年生まれで、現在は田畑を耕し、自給自足の暮らしを謳歌されているとか。輪島に生まれ、輪島に育ち、長く輪島塗の仕事に携わってきた大向さんにとって、輪島は自分の庭同然のようでもあった。
私は大向さんの懇切丁寧なガイドに耳を傾けながら、いつか能登を取材しているような気分になった。
じつは、いま書いている小説に、能登が登場するシーンがあるのだが、はからずも推敲するのに役立ったばかりか、新しいイメージが浮かんできて、もしかしたら、輪島へ来たのはこのためではなかったかと、錯覚するほどであった。
平日の雨の昼下がり、海沿いの起伏に富んだ道を行き交う車はほとんどなかった。いくつかの集落を経めぐったが、道中、老婆のうしろ姿を一人見ただけだった。そのとき、松本清張さんや水上勉さんのいくつかの小説が思い浮かんだのは、降り続く雨と、ひっそりと静まった集落、そして重たい日本海の海の色に誘われてのことでもあったろうか。
そのうち、大向さんが「ちょっと寄ってみましょう」と、山中の細い道へとハンドルを切った。
「あいにくの雨ですが、人もいないだろうし、かえっていいかもしれません」
この先に、「桶滝(おけだき)」という名の滝があり、それを私に見せようというのだった。
曲がりくねった道をまわり込むようにして、それらしい開けた場所に出ると、一台の白い車が止まっていた。
「あれ、人がいる」と大向さんが言ったその瞬間、私は推理小説の世界にまぎれこんだような気分に襲われた。
中年のジャンバー姿の男性が傘も差さないで、うす暗い階段を上がってきたのだった。
大向さんが何か声をかけたように思うが、男は無言のまま車のほうへ向かった。「いわき」ナンバーだった。車に人の姿はなかった。
「なんだか、小説のワンシーンみたいですね」と私は言ったが、大向さんには聞こえなかったらしい。
樹林に囲まれた、滝へ下りる階段はゆるやかだった。しかし、濡れ落ち葉でおおわれ、歩きにくい。傘をさしていると、かえって危ない。
滝口にはわれわれ以外に人影はなかった。流れ落ちる滝の音が騒がしい。
山の斜面に大きな岩がせり出し、岩をくりぬいたように穴が空いている。その中を水が勢いよく流れ落ちているのだった。雨で水量もかなり多いようだった。
「桶の底が抜けたように見えるので、名前がついたんですよ」と大向さんは説明した。
岩に穴が空いているさまは、たしかに桶の底が抜け落ちているように見える。穴は自然にできたそうで、自然の造形の力にはただ圧倒されるばかりだ。
「ふだんは向こう岸に行けるんですよ。あそこに水飲み場がありましてね」
大向さんが滝のほとりを指さして言った。
狭い川幅ながら、いまは水かさが増して、向こう岸にはとても行けそうにないが、ふだんは飛び石伝いに渡れるらしく、水を汲んで帰る人もいるのだとか。
私は目をこらしたが、どこがそうなのか、よくわからなかった。うっそうとした木立で、うす暗いせいもあった。
あたりを見まわしているうちに、さっき見かけた男性をヒントにして、自分と大向さんはたまたま通りかかった目撃者という設定で、何か書けないものかと着想がひらめいた。
具体的に何かが思い浮かんだわけでもないが、面白いものが書けそうな気がして、よほど大向さんにその話をしようかとも思ったが、笑い飛ばされるのがおちかもかもしれないと思い直し、口には出さなかった。
しかし、「のと里山空港」までご親切に送り届けていただく間中、滝口で見かけた男性の印象はなかなか消えなかった。
私はいまだかつて、推理小説を書いたことはないし、書こうとしたこともない。しかし、短編なら、と気持ちが動いたのはひとえに、男の影とともに、先に題名を思いついたせいかもしれない。
『能登の雨』、それが私にひらめいた小説の題名である。
いま思うと、演歌のそれのような気がしないでもないが、変に凝っていなくて、自分的にはちょっと気に入っている。
ただ、根が気まぐれな性分だけに、はたして本当に書き上げられるのか、自分ながら心もとなくもあるが、こうしてブログに書いたのだから、何とか一篇の掌編小説に仕上げたいと思っている。
2018/03/12 11:59 | COMMENT(0)
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