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宴会山行

銀座の夜は更けゆく……。
数年ぶりに三人が集った、先夜の「つるとんたん銀座店」での時間はたおやかに流れていった。
人と人の出会い、縁の不思議さを、いまさらながらかみしめる会ともなった。

われわれ三人を引き合わせてくれたり、その縁故で新たに知遇を得た恩人の方が、不治の病や不慮の事故によって亡くなられたのを思い返し、こうして元気で再会できたことにそれぞれが感慨をつのらせるふうだった。とりわけ、I女史にはつらい永訣が続いたらしかった。

         つるとんたん銀座 個室からの眺め
         10階個室からの眺望(つるとんたん銀座店)
         室内に私の作品が飾られています

その夜の出会い前、私はブログに、
「人の縁は様々であって、どこでどんなドラマが待ち受けているかわからない。思いがけない話題で盛り上がり、もしかしたら人生に新たな彩りが添えられるかもしれない」と書いたが、宴半ば、そう思わせるような話で盛り上がった。
今回の音頭取りであるKさんの発案で、みんなで東京近郊の山に登ろうということになったからである。

Kさんの趣味の一つが山登りらしいことは、FBを通じて知っていたので、私が山の話を持ち出す間もなく、Kさんから高尾山への山行が切り出され、「行くなら、いまでしょ」とばかりに、三人の思いが一致し、日時まで即決まったのは、さながらきょうの集いがその打ち合わせのためであったかのようだ。

近年、海山を問わず、自然に身を浸らせることがめっきり減っていた私には、新緑の山へ分け入るのは、心身を洗い清めるいい機会かもしれない。思うようにはかどらない仕事の気分転換にもなろう。それに書き物の新たな構想やヒントがひらめき、天空から舞い降りてこないとも限らない。

Kさんから、「八重の桜の宴会山行」という、何とも思わせぶりな文言が送りつけられたのは、その翌日のことだった。四月下旬の山は遅咲きの桜がまだ見頃なのかもしれない。
三人だけでは寂しいので、何人かきれいどころに声をかけてみますとのことで、すぐに新しい参加者が見つかったのは、ひとえにお二人の人柄ゆえであろう。

私の山登りは大学時代以来である。高尾山へ登るのも初めてである。
はたして、みんなに迷惑をかけないで行軍をこなすことができるか、少し心配ではあるが、「宴会山行」とあるように、山の頂きで至福の時間が待ち受けていると思うと、ない力もわいてくるというものである。

山の天気は変わりやすいというけれども、Kさん、Iさんははたして晴れ男、晴れ女であったか。
私はどっちつかずの風来坊で、何の御利益も期待できそうにないが、雨天の場合は中止なので、挙行当日が無情の涙雨にならないことをひたすら祈るばかりである。



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2019/03/18 09:19 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

今度とお化けは出るの会

春本番を思わせる、ここ数日の都心である。
フリーズから春物のシャツに替えたら、ずいぶん身軽になった気がする。
窓を開け放つと、春のそよ風が舞い流れてきた。
花粉症持ちには冒険に過ぎようが、どういうわけか、ここ数年、症状が軽いので案じるには及ばない。
もしかしたら、加齢で体質が変わったのだろうか。

このところ、パソコンとにらめっこの生活が続いている。
飽きっぽいところがある私は、絵筆を握りたい衝動に駆られるが、ここはぐっと我慢するよりない。
あってないような締め切りだが、今月中にはなんとしても書き上げたい、と自らを鼓舞しているものの、原稿はなかなかはかどらない。
覚悟が足りないからだ、とわかっているのだが……、気分屋な性格は何ともしがたい。

こんな時に限って、お誘いの声はかかるもので、今夜は飲み友二人(男性と女性)と小宴を囲むことになっている。
三人で呑むのは何年ぶりだろうか。
FBなどでやりとりしながら、「今度いつか」と軽く言い合っていたが、友の一人が「今度とお化けは出るの会」と名付け、たちどころに段取りを付けたのだった。

じつは先週から、やたら飲み会が続いていて、肝臓が休まる暇がない。
この中には足立美術館への出張が含まれていて、理事会のあと、米子の割烹料理店では日本酒にはじまり、カラオケを挟んで、ラーメンで締めるとあって、ホテルに帰ってきたのは夜中の一時半過ぎだった。
館長とはその三日前、銀座でもずっと一緒だったので、「よくもまあ飽きもせず」とわれながらあきれ返る。

はてさて、今宵の酒はどんな花が咲くことやら。
今夜の席は、数寄屋橋交差点の東急プラザ10階にある「つるとんたん銀座」。
縁あって、ちょくちょく利用させてもらっているが、店の奥にある個室に私の作品が何点か飾られている。
そのうちの一枚は、段取りを付けてくれた彼の大好きな桜図なので、まずはそれを酒の肴にしてしばし芸術談義になるかもしれない。

そういえば、お二人は芸術文化のみならず、食文化に対するこだわりも半端ではない。
同席する女性の手料理に以前、舌鼓を打ったことがある私は、彼女に小料理屋でも開いてほしいと思っているのだが、きょうはそこらあたりの話も含めて、あれやこれや、それぞれの日常を語り明かしたいものである。何しろ、同店の営業時間は朝の4時までだそうだから、時間を気にかける必要はない。
もっとも、そこまで体力、気力が持てば、の話であって、実際のところ、電車があるうちに、というのが、悲しいかな現実の我が身であろうか。

しかし、人の縁は様々であって、どこでどんなドラマが待ち受けているかわからない。思いがけない話題で盛り上がり、もしかしたら人生に新たな彩りが添えられるかもしれない。
一歩外に出れば、すべてが未体験との遭遇である。人生の醍醐味はひとえにそこにある、と言っても過言ではない。人生を謳歌している人は、それを体験的に知っている人たちであろう。
多才な飲み友との語らいは、私にとって、どこか匂いやかで、心浮き立つものがある。





2019/03/14 12:10 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

不断の努力

近年、早寝早起きの習慣が身につき、生活のリズムがすっかり変わった。
夜型人間が朝型人間に変身するとは、われながらびっくりである。
若い頃には考えられなかったことだ。

夜な夜な飲み歩いたのは40代から50代にかけてであろうか。
勤め人をやめて、時間がどうにでもなるようになったのが一番の理由だが、
では、いまが不満かと言うと、そんなことはまったくない。

心身のバランスから言えば、現在のほうがより充実しているような気がする。
仕事への愛着が日ごとに増し、あれもしたい、これもしたいと、ふつふつとこみ上げてくるものがある。
時間がいくらあっても足りない、というのが実感である。

いまは差し迫った仕事に追われていて、あれもこれもというわけにいかない。
恒例の6月の日本橋三越本店での個展を思えば、のんびりと構えてもおれない。
時間だけでなく、体がいくつあっても足りない、という状況だが、
この歳になって、そう思えるのは、もちろん、とんでもなく幸せなことにちがいない。

体力、気力,、そして知力。
人間にはそれぞれ与えられた天分というのがあるように思う。
それを形にし、花開かせるのは、かてて加えて不断の努力をおいてあるまい。

日本画家の高山辰雄先生と加山又造先生が対談の中で、こんなことを話していた。
加山先生が「いくら努力しても、才能がなければね」と言うと、
高山先生は「いくら才能があっても、努力しない人間ではね」

押し問答のようだが、ともに真理を突いた話であろう。
どんな天才であろうと凡才であろうと、日々の努力を惜しんではならない、という戒めと私は受け止めている。

「生涯現役」「生涯青春」を標榜して止まない私にとって、
かけ声倒れはなんとしても避けねばならない。
趣味道楽に生きるような生活は、私の望むところではさらさらない。

創作の世界に生きたいとする人間を支えるものは何か。
物心両面にわたって満たされるのは、ほとんど奇跡のような話であって、
ただひたすら自分を信じ、天職と思いなして、愚直に歩む。
大事なのは、必ずやり遂げるという不屈の信念ではないだろうか。

私の当座の目標は、
原稿用紙にして3、4枚くらいの掌編小説を20編くらいまとめ、それを上梓すること。
詩やエッセイを入れ込んだ詩文画集を出版すること。
パリ、ミラノ、ニューヨークでファッションと扇子のコラボを実現すること。
滞っている長編小説を一日も早く書き上げること。
旧知の造形作家・友永詔三さんと、全国各地で二人展をやること……などである。

この中には、自分でできることと、第三者の力添えなくしてはできないこととがあるが、いずれも実現できると信じている。
こんな折も折、血沸き、心躍るような新たな企画が二つ持ち上がっている。
一つはすでに進行中であり、もう一つも今月の半ば過ぎには目鼻がつきそうだ。

この二つが動き出すと、ますます時間が足りない症候群に襲われそうだが、そんな贅沢を言うと運気が逃げていくかもしれない。
好事魔多し、の格言もあるように、ここは差し迫った仕事をひとつ一つこなしていくよりないだろう。急いては事をし損じる、である。




2019/03/04 09:55 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

出会いと別れ

春は光から始まり、やがて気温に移っていくという。
夜明けが早まったし、北風もさほど気にならなくなった。
今週末はもう三月だ。

春を待ちわびていたのは人間だけではない。
動植物たちも、近づく春の足音を聞きつけていることだろう。
日に日に、自然の野山も、人間の衣装も彩りを増していく。

このところ、依頼原稿に追われ、それ以外の仕事は休眠状態にある。
三月中には書き上げるつもりだが、量が半端でないだけによほど気張らなければ、脱稿はおぼつかない。
春眠をむさぼる暇など、とてもなさそうだ。

と言いつつも、一つことに長く集中できない性分なので、
気分転換を兼ねて、ブログを書き起こそうとしたものの、
頭が働かない、と思っていたら、ドナルド・キーンさんが亡くなられたというニュースが耳に入った。

心許ない記憶ながら、三十数年前、私はキーンさんのお宅にお邪魔したことがある。
美術雑誌の編集者時代のことで、たしか日本画の東山魁夷先生についてお書きいただいた、その原稿を受け取りに伺ったように思う。
お住まいは、旧古河庭園を望むマンションだった。

文学好きだった私はそのとき、キーンさんのお仕事は存じ上げていたので、
東山先生のことだけでなく、川端康成さんのことや、おぼつかない古典文学のことなど、仕事そっちのけで雑談させていただいた記憶がある。
そのときのキーンさんの律儀な応対と、やわらかい話し言葉、そして温かいまなざしは、いまも胸深く刻まれている。

思えば、私はこれまで数多くの優れた先達にお会いし、言葉を交わし、身に余る知遇を得てきた。しかも、ジャンルは美術や文学にとどまらず、政界、経済界、芸能界など多岐にわたっている。
私のいまは、そうした方々との出会いなくして語れない、といっても決して大げさではない。

私は折々に、人生の醍醐味は、誰と出会うかによって決まる、と言い続けている。
同性であろうと異性であろうと、人は人から教えられることによって、命を育んでいるのだと信じて疑わない。
一個の人間の力などたかがしれている。第三者からもたらされる「エキス」を取り込むことによって、人格が形成され、人間的魅力も深まっていくのではないだろうか。出会う人次第で、人間はどうにでも変わっていく。

幸福の尺度、価値観は人それぞれだが、出会いと別れは人生に付きものである。
四季の移ろいも、ある意味、出会いと別れのドラマと言えなくもない。
心ある人と出会う喜びにまさるものはない、と信じて生きていく、それこそがたくましく生き抜く上での人生の知恵でもあろうか。




2019/02/25 15:50 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

月に思う

真冬の冷気が肌を刺す深夜、マフラーを首に巻いて二階のテラスに出た。
平成最後のスーパームーンを見るためだ。
上空を見上げると、ほぼ真上に煌々たる満月があった。

月あかりはこれまで、場所、季節を問わず見ているが、昨夜のそれはひときわあかるく感じられた。
夜景が好きな私は詩や小説だけでなく、扇子や絵にも月を入れることが多い。
「月の歌人」と呼ばれたのは明恵上人だが、それにあやかるなら、私はさしずめ「月の作家」だろうか、と一人悦に入っている。

農耕民族である日本人にとって、月の満ち欠けは暮らしの羅針盤であり、物語や詩歌、音楽、絵画、演劇などなど、芸術の分野においても、日本人の感性を刺激してやまない。

これまで私が最も心揺さぶられたのは、二十年近く前の春の夜、伊豆の天城連山に上った月を見たときだ。
赤みを帯びた月は妖しいまでに美しく、見ているうちになんだか悲しくなってきた。
そのときの胸の震えを元につくった詩が「夢見月」である。


夢見月(ゆめみづき)

月が火を放った。
春宵(しゅんしょう)、天城連山の山の端(は)にのぼった月のことだ。
燃え立つような紅(べに)緋(ひ)はさながら、
天空をさまよう激情家だ。

かぐや姫を迎えに来た、
月からの使者はまぼろしではなかった。
わが国最古の作り物語りの作者はいち早く、
月の魔性を見抜いている。

夢見月とはなんと甘い響きだろう。
夢見るような月の美しさ、と解そうか。
月も夢を見るか、と洒落(しゃれ)てみようか。
どちらにしても夢が飛び交いそうな、
なまめかしいおぼろ月が似合いそうだ。

人が夢を見るのは春に限らない。
春にはきっと愛の媚薬(びやく)が、
ことのほか濃密に振りまかれるのだろう、
大いなる月からの使者たちによって。




2019/01/23 09:52 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

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