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人生の要諦

しばらく晴れ間が続いている都心の天気だが、今朝、起きると、テラスに水たまりのようなものが見えた。
天気予報では雨が降るなど、ひと言も言っていなかったので、朝陽が屈折して逃げ水のように見えるのだろうかと思いながら、
向かいの家の屋上を見ると、水たまりができているのがわかった。

ベランダや手すり、物干し竿には雨の痕跡はなかったので、
今朝方降ったのではなく、昨夜のうちに降った小夜しぐれだろう。

この時期、窓は閉め切っているので、雨の音が聞こえなかったようだ。
ただ、気がつかないような雨音だったとしても、水たまりができるくらいだから、数時間は降ったのかもしれない。
しかし、ベランダの鉢植えの草花には恵みの雨だった。

ちいさな葉が密集した「ホソバマンネンクサ」の緑がいつにもましてつやつやしい。
どこからやって来たのか、知らない間に生えてきたのだが、金平糖のような姿かたちが愛らしい。
雨に打たれて、黄緑の葉が輝いてみえる。

私は子供の頃から、寂しがり屋のくせに雨音が好きだった。
もちろん、篠突くような豪雨、雷雨、氷雨はごめんだが、雨だれに耳を澄ませたり、木々の葉が濡れ輝いているのを見たりして倦むことがなかった。
そうした性情は今も変わっていないようで、窓辺に立って濡れそぼった葉を見ているだけで、自然と心がなごんでくる。

しかし、晩秋から初冬にかけて降る雨は、いつ雪に変わるかわからない。
ことしはラニーニャ現象だそうで、例年よりも寒さが厳しいという。
風流に雨が好きだと言っているのは、安穏な日々を送っている人間の、いわば贅沢病の一種かもしれない。

コロナの感染者数が目に見えて少なくなってきたいま、
不自由な生活を強いられてきたその反動もあって、夜、出歩く機会が増えてきた。
それでも、たいてい午後10時を目途に帰途につくので、深酒するようなことはなくなった。

コロナに翻弄されたこの二年間だったが、今にして思えば悪いことばかりではなかったように思う。
マスクを着用し、手洗いをし、体調管理に一段と気をつけるようになった。
何ごとも塞翁が馬、それを心得て生きるのが人生の要諦というものだろう。







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2021/11/16 14:40 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

保科美術館~伊香保の四季

ここ数日、身も心も洗い清められそうな秋晴れが続いている。
陽気に誘われて歩く道すがら、プラタナスの大きな葉やイチョウ、モミジなどの小さな枯れ葉が歩道に散り敷いていた。
秋から冬へ、自然の身仕舞いは正確だ。

先月の半ばくらいから、早々と来年用の手帖や壁掛けのカレンダーが送られてくるようになった。
ああ、もうそんな時期か、と時の流れの速さをあらためて実感する。
年の瀬になると、決まって往時のあれこれが思い出されてくるのはどういうわけだろうか。

思い出すのはもっぱら、かつて厚誼を重ねた人たちのことで、音信が絶えて久しいその人たちを思い返すたびに、
いま、どこで何をしているのだろう、元気にしているだろうか、と恋しさがつのる。
中には、すでに旅立った人もいるかもしれない。

邂逅と永訣は世のさだめと心得てはいるものの、今年はいつにもまして感傷が尾を引く。
今月初旬、二十数年ぶりに訪れた伊香保の保科美術館のたたずまいに、強く心を動かされたせいかもしれない。

私が編集制作した、知友の造形作家・友永詔三さんの作品集(撮影・秋山庄太郎)を預かっていただいているので、その相談がてら、松竹の中野さんの車で、三人でお邪魔したのだった。

平日の昼下がり、館内はしんと静まり、来館者は数えるほどだった。
主を失った寂しさが館内にただよっているように思われて、胸に込み上げるものがあった。
敷地3000坪に及ぶ、格調高い美術館をつくった保科久夫さんが病に逝って二年近くになる。自分よりもたしか何歳か、若かったはずだ。

保科さんとは、私が美術雑誌の編集者だったころ、画家や画商さんたちと一緒に飲み語らったものだったが、私が勤めを辞めてから、次第に足が遠のいていったのだった。
しかし、どんな理由があろうと、長く疎遠にしていた不実が悔やまれてならない。

じつは、保科さんが入院されていたとき、友永さんと一緒に見舞いに行くつもりで、切符まで買っていたのだが、保科さんの容態が急変し、結局、別れの言葉も言えないまま、幽冥境を異にしたのだった。まったく残念と言うほかない。

美術館には、近年、脚光を浴びている幻の図案家・小林かいち竹久夢二の版画、ポスター、絵はがきなどの作品、現代日本画家の小泉智英さん、造形作家の友永詔三さんなどの作品が常設展示されている。
広々とした観賞空間は、静謐な空気に包まれて、日常の喧噪を忘れさせてくれるにちがいない。

中でも、美術館二階の180度開けた、ガラス張りの眺望は素晴らしい。
息を呑む、とはきっとこういう眺めを言うのだろう。
眼前に、上州のいくつもの秀峰が屏風を広げたように連なり、谷川岳の山容も遠望できる。
折しも、すぐ目の前には真っ赤に色づいた紅葉が、当館のシンボルツリーでもあるかのように枝葉を広げていた。

私が来ていた頃は、大型のバスなどが発着する駐車場が見えていたが、いまは生長した木々がそれらを覆い隠し、見事な景観を演出していた。
二階は以前は、喫茶ルームとして使用されていたが、コロナ禍などもあって、いまはただ眺望するのみだが、百聞は一見にしかず、移りゆく伊香保の四季を満喫していただけたらと思う。

美術館は現在、お嬢さん、未亡人が引き継ぎ、運営にあたっているが、保科さんが遺した文化施設を末永く保存してほしい、と切に願ってやまない。
そのためにも、一人でも多くの人に当館へ足を運んでいただけたらと思う。



2021/11/08 11:10 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

扇子談義~岸田新総理との出会い

あれだけ猛威を振るっていたコロナの感染者数が、ここに来て劇的に減っている。
一時は、一日の感染者数が5千人を超えた東京都も、昨17日は40人で、9日連続100人を下回った。
全国的に見ても、減少傾向はあきらかだ。

なぜ、これほど減ったのか。
ワクチン効果が功を奏し始めたのか、若い世代の行動と関係があるのか、それとも人流の自粛が影響しているのか。
諸々の要因が重なっているのかもしれないが、第6波が懸念されているだけに、参考になりそうな正確な情報を得たいものである。

そんなさなか、衆議院が解散となり、国民の信を問う選挙戦がスタートした。
岸田新総裁が誕生して間無しだけに、どんな審判が下されるのか、いつにもまして気にかかる。
というのも、岸田新総裁とは浅からぬご縁があるからだ。

岸田さんが外務大臣だった2014年、扇子を謹呈させていただいた。
その橋渡しをしてくれたのは、郷里の広島県人会である。
拙著『花影』(ポプラ社刊)を出版した折、私の若い友人から、
「こういうとき、何かと応援してくれるのが同郷の人たちですよ」と出身地である広島の県人会に入ることを強く薦められた。

私は県人会など考えたこともなかったが、いざ虎ノ門にある広島県東京事務所を訪ねてみると、お会いするお一人おひとりの温もりが肌身に沁みて、それまでの不徳を恥じるばかりであった。
その際、知遇を得たSさんと銀座で食事を共にしたとき、岸田さんと昵懇であることがわかり、私の扇子を贈る話があっという間に決まったのだった。まさに人の縁の不思議というほかない。

岸田総理がお持ちの扇子は片面が「市松模様」、片面が日本国の政府機関を象徴する紋章「五七の桐紋」である。
私の印象では、岸田さんはどこか歌舞伎役者を思わせるところがあったので、ひと目で日本国とわかる市松模様とエンブレムを配し、色合いもシックで上品なものにしようと考えた。桐文を記した面には「岸田」の名前を揮毫させていただいた。


           『花saku』2016年4月号より
  岸田総理がお持ちの『雄麗〈五七桐文〉』(『花saku』、2016年4月号より)


さいわい、この扇子は岸田さんも気に入られたようで、Sさんをまじえて外務大臣室でしばし扇子談義に花を咲かせた。
後年、和の生活マガジン誌『花saku』(発行、㈱PR現代)において、
私の扇子を愛用してくれている方々を連載で紹介することになり、第1回目に登場していただいたのが岸田さんだった。
扇子の銘は『雄麗〈五七桐文〉』で、寸法は7寸5分、骨材は本煤竹、骨数は25間、要は銀要仕様になっている。

その折、岸田さんから一文が寄せられ、
「外務大臣として多くの国々を訪問してあらためて感じることは、日本の「悠久の歴史」と「伝統」に裏付けられた確かな美です。吉本忠則先生の扇子はその伝統を受け継ぎながら、さらに吉本扇子としての独自の美を確立されています」と書いていただき、さらに「私も吉本扇子を愛用しており、外遊の際には欠かせないアイテムのひとつとなっています」
と嬉しいお言葉を頂戴した。

いま、岸田さんが第100代の日本国総理大臣になられ、感慨もひとしおのものがある。
コロナ禍にあって、多くの難問が山積するなか、新時代を切り開くリーダーとして、その手腕を遺憾なく発揮していただきたいものである。



2021/10/18 10:30 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

忘れ花

近くのマンションの植え込みに、黄色い花が一輪、咲いていた。
えっ?と思って、顔を近づけてみると、季節はずれの山吹だった。
忘れ花である。

時ならぬ花は、帰り花とも狂い花とも言われるが、
見慣れた花でありながら、季節を違えてぽつんと咲いている姿を見ると、
何かもの悲しいような、どこか愛おしいような感傷がよぎる。

もっとも、暑さにも寒さにも強い山吹は、育てやすい庭木として、昔から愛されてきた。
馬鹿陽気に誘われ、いたずら気分で花を咲かせても不思議はないのかもしれない。
そう思って見ると、にんまりとほくそ笑んでいるように見えなくもない。


            季節外れに咲いた、一輪の山吹(10月9日撮影)
         山吹の忘れ花(10月9日撮影・新宿)


山吹には、鏡草、面影草の異名がある。
自由恋愛が許されぬ時代、親の命で別れざるを得なかった相思相愛の男女。
別れに際して、お互いの姿を鏡にとどめ、土に埋めて東と西に別れ去った。
翌年、鏡を埋めた場所に一本の木が生え、黄色い花を咲かせた。
それが山吹だったことから、「面影草」の名前が付けられたという。

私自身、扇子や花扇画の題材として幾度となく描いているが、小説の中でも山吹のことにふれている。
拙著『花影』(ポプラ社刊)のなか、主人公の結城(ゆき)が三面鏡に向かっているシーンで、
結城は手を休めると、鏡から少し顔を遠ざけてそこに写る自分を見た。鏡に写りこんだガラスの花器に生けた山吹が、髪に花かんざしを挿したようだった。顔を近づけていたさっきまでは、背後の飾り棚も山吹も見えなかったのだが、思いがけない鏡のいたずらは、心を遠くにあずけていた結城を一瞬、夢見心地にさせた

山吹を鏡のなかに登場させたのは、先の伝聞が頭にあったからだが、はたして何人の方が気づいてくれただろうか。
夢見心地という言葉を使ったのも、男の面影を匂わせてのことである。
ただ、山吹の故事来歴を小説の中でふれるのは、語るに落ちるというもので、こういう場での裏話なら許してもらえようか。

「山吹色」という言葉もあるように、黄金色をした色鮮やかな黄色は、五月の新緑の時期、ひときわ目をひく。笑みを絶やさない、健やかな女性を見るようだが、個人的な好みで言えば、白山吹の風情も捨てがたい。
楚々として慎ましい白山吹のような……女性をイメージするだけで、心がときめいてくる。



2021/10/11 09:08 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

築250年の古民家『茶吉庵』でコラボ

10月1日から6日まで、大阪府八尾市にある登録有形文化財『茶吉庵』(築250年の古民家)において、広島在住の藤野能子さんとコラボをやる。
元々は、ゴールデンウィークに開催予定だったが、コロナ禍で順延となり、今回の開催となった。

5月の順延が決まったとき、来年まで先延ばしする案もあったが、
10月にはコロナ禍も落ち着いているだろう、と見切り発車したのだった。
が、いくら感染者数が減ったとは言え、現在の状況を見ると、若干、時期尚早だったかもしれないと思わぬではない。

とはいえ、やるとなると、やはり一人でも多くの方にご来場いただきたいというのは、関係者の一致した願いである。
平和都市・広島を同郷に抱く二人にとって、自らの作品を通して、人びとの心の平安を願う、その気持ちに嘘偽りはない。

藤野さんはNHK広島放送局報道を経て、NHK衛星放送のキャスターやナレーションを担当した方で、その後、金子みすゞの詩の朗読公演を開始し、水彩や書、執筆活動と、多彩な創作活動を展開している。

藤野さんの作品には、“愛と祈り”が脈打っている。ほのかに暖かい、愛のまなざし、と言えばいいだろうか。
金子みすゞの詩の朗読をライフワークと定められているのも、生きることの重たさ、尊さを伝えたいとする、いわば命のリレーを信じてのことだろう。


          藤野能子・吉本忠則二人展B面          藤野能子・吉本忠則二人展A面
               藤野能子・吉本忠則二人展


今回のイベントは、ポプラ社の元社長・奥村傳さんのプロデュースである。
奥村さんは現在、NPO法人絵本文化推進協会の理事長をされているが、ポプラ社時代、拙著『花影』でお世話になったこともあって、交誼を重ねている。

私の花扇画を海外の要人の方への贈りものに使っていただいたり、ポストカードやリーフレットを作ってもらったりして、何かとお引き立てていただいたが、二年くらい前だったか、郷里の茨木に戻られていた。

その奥村さんから、紹介されたのが『茶吉庵』だった。
19代目当主の萩原浩司さんは、「ほんまもん」をコンセプトにして、地域の人が気軽に集まれる場所、アーティストが躍動する、文化の発信基地として、啓蒙活動に尽力されている。
言葉の端々から、地元を思う「熱いハート」が伝わってくる。

そして今回、「SHU工房」の北尾修さんが飛び入り参画することになったのは、足立美術館の館長から、北尾さんの額の素晴らしさを吹き込まれ、それならと試しに何点か、作っていただいのがきっかけだった。
小細工に走らず、木々の木目を生かした、シンプルでシャープなフレームは、二人の作品を引き立ててくれるにちがいない。

会期直前の、いささか気ぜわしい告知になったが、今回のイベントを通じて、新たなご縁を結ばせていただけたら幸いである。



2021/09/29 14:30 | COMMENT(0)TRACKBACK(0)

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